コラム記事
最終更新日:2025年10月17日
脳卒中に対する強刺激の意義
鍼において、「補瀉手技(ほしゃしゅぎ)」と言うテクニックがあり、重要な部分を占めます。簡単に言うと、「身体の状態に合わせた刺激をする技法」となります。補瀉手技には、「虚(きょ)すれば、補う」の「補法(ほほう:足りないものを補う)」と「実(じつ)すれば、瀉する」の「瀉法(しゃほう:不要なものを取り除く)」の二つがあります。
例えば、脳卒中を考えると、「痰濁(たんだく)」という悪いもの(実:じつ)が、頭に覆いかぶさって邪魔をし、片麻痺をはじめ様々な不調を引き起こします。そのため、この痰濁(実)を取り除く「瀉法」が必要と考えます。瀉法は、不要なものを取り除く性質上、補法と比較して強刺激となります。東洋医学になじみのない方にとって、「虚・実」、「補・瀉」はわかりづらいため、視点を変えた例え話をしたいと思います。
脳卒中の状態は、神経が一時的に眠っているような状態です。そして、状態を放置すると悪い結果(後遺症)になるわけです。例えるならば、雪山で眠りかけている人を目の前にしているような状況です。みなさんはどのようにして起こそうとしますか?眠っている人の身体を軽くさすりながら、優しく声をかけますか?それとも、身体を揺すりながら、大きな声で呼びかけますか?おそらく後者を選ぶ方が大半であると思います。このように、反応が低下している状態に対して、ほんのりとした刺激を加えても、「反応できる状態に達しない」のです。そのため、ある程度の「呼びかける強さ(瀉法)」が必要になるわけです。
ただし、瀉法は、比較的強い刺激のため、一時的な苦痛を与える可能性はゼロではありません。人によっては「強い痛み」と感じるかもしれません。ただし、「痛みがあるなら悪」とは言い切れません。「症状を改善したい」と考えた場合、「痛くないこと」を絶対的な基準とするのは適切ではないからです。むしろ大切なのは、「刺激が適切であるかどうか」という点です。状態に応じて必要な刺激があり、それを見極めるのが鍼の本質です。
古来より「補瀉手技」については、様々な議論がありますが、現代において石学敏教授が提唱した「鍼刺手法量学(鍼刺激の定量化に関する学問)」は、中医学に多大な寄与をしたことで知られています。同教授が体系化した「醒脳開竅法(せいのうかいきょうほう)」は、脳卒中後遺症に対する鍼治療法として広く用いられています。同法は「瀉法」を中心に設計されていますが、刺激強度は定量化されており、治療効果の再現性が高いと報告されています。
局所的に見ても、四肢麻痺であれば、上肢・下肢の主要な神経幹に瀉法を加えたり、嚥下障害であれば、喉に瀉法を加えるとされています。もちろん、虚弱体質の場合は、虚に対する補法が必要となり、同時にあれば、虚・実に対する補瀉手技が重要となるわけです。
私は、患者さんの症状改善を願いながら、必要に応じて「瀉法」を行っています。外から見れば少し厳しく映るかもしれません。しかし、それもまた一つの「優しさ」であり、臨床家としての「信念」です。もちろん、刺激の程度については事前にしっかりご説明しています。