広瀬台はり院|コラム|保険だけで行う鍼灸治療の難しさ

広瀬台はり院

コラム記事

最終更新日:2025年11月11日

保険だけで行う鍼灸治療の難しさ

「鍼は医療保険が使えるのか?」と聞かれることがあります。鍼でも医療保険は使えますが、クリニックなどの保険医療機関とは違い、適応範囲は「特定の6傷病(①神経痛、②リウマチ、③五十肩、④頚腕症候群、⑤腰痛症、⑥頸椎捻挫後遺症)」に限られます。そのため、「原則自費」と言うのが正しい認識です。

医療保険を用いた鍼の施術には、適応症に該当するか以外にも、保険医の同意書が必要であったり、「治療行為(薬、湿布、リハビリなど)」との併用が認めていなかったりと制度上の制約があります。ただし本稿では、こういった制度ではなく、なぜ外来向けの「鍼灸院(鍼灸のみ)」では医療保険の利用が少ないのかについて話したいと思います。

医療保険を用いた鍼施術の報酬は、1術に該当し、10割で「1610円(令和7年11月11日時点)」です。ほぼ「10分カット」と同じ報酬と言えます。そのため、単純に考えると、「全体の施術時間は、5~10分程度が妥当」と考えます。

5~10分と聞くと「あれ?」となる方もいると思います。たしかに、理学療法士などが行うリハビリは、「一コマ20分」と言うような決まりがあります。しかし、鍼施術には時間の決まりはなく、「一施術に対しての報酬」がルールです。もちろん、「刺さない鍼(鍉鍼:ていしん)」をしようが、鍼を千本刺そうが、報酬は同じです。

鍼施術は「ただ鍼を刺すだけ」のように見えますが、実際にはいくつかの工程を踏みます。まず、受付後にベッドへご案内し、施術部位が出せるよう体勢を整えていただきます。ここで施術者はいったんベッドを離れ、流水で手洗いを行い、手指消毒をします。その後、使用する鍼やシャーレ(器具トレイ)などを準備します。

準備が整ったら、施術者は手袋(グローブ)を着用し、再度手指の消毒を行います。続いて、患部をアルコール綿で清拭し、感染対策をとったうえで鍼を行います。施術が終われば鍼を抜き、患部の消毒を行い、出血や腫れ、痛みがないかを確認します。その後、再び手洗いと手指消毒を行い、片付けをします。最後に、患者さんの服を整え、体勢を楽な状態に戻して施術は終了となります。

この一連の工程はどれも安全と衛生のために欠かせませんが、これらも含めて「1610円×5~10分」で行うことになります。施術そのものだけでなく、準備・衛生操作・確認・片付け、そして必要な場合には問診・触察・説明の時間も含まれます。さらに、衛生材料費等のコスト、施術のリスク、カルテ記載・返戻対応・書類手続きなどの見えない事務作業も存在します。

単純に考えると、本来の「鍼を刺している時間」は数分しかありません。すると、「準備・衛生操作などの時間のロスカット」や「材料費のコストカット」、「リスクヘッジの観点」から、「保険利用時は、刺さない鍼(鍉鍼:ていしん)のみ」という手段を用いる施術所も多数出てくるようになりました。これは、いわゆる「手段が目的化している可能性」も否定できません。

こうした前提を踏まえると、どうしても「短時間」で回していく必要が出てきますが、治療の質を落とさずに、衛生管理や説明、確認を含めた一連の工程を適切に行おうとすると、「保険利用」という枠では足りないと言わざるを得ません。結果として、多くの鍼灸院では、必要な時間をかけて適切な施術を行うために、「自費施術を中心とする体制」が一般的となっています。

もちろん、保険だから良い、自費だから良いという話ではありません。忘れられがちですが、本来の目的は「制度を利用すること」ではなく、「施術を受けた先にある健康」です。制度に合わせるために、刺激量を減らしたり、時間を縮めたり、方法を限定していくと、形は同じでも中身が変わっていきます。道具や工程を次々と置き換えていった結果として「外見だけは同じでも実際には別物になってしまう」という現象は、いわゆる「テセウスの船」のような状態です。

私は、保険単独での利用はお断りしています。理由は、「患者さんの体が良くなることを優先したい」と考えているからです。よく聞く「短時間でも回数こなせばよい」と言う声もありますが、それはポジショントークに近いため、私は懐疑的です。

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