コラム記事
最終更新日:2025年12月22日
なぜ麻痺肢を動かさないと運動機能は回復しにくいのか
脳血管障害(脳梗塞、脳出血)による後遺症と言えば何を思い浮かべますか?片側の手足が動かせなくなる「片麻痺」、飲み込みがしづらくなる「嚥下障害」など様々な症状を思い浮かべるはずです
高次機能障害を除いたこういった一連の身体症状だけをみると、運動器の問題と考えがちですが、実際の問題の出発点は「脳」にあります。まずは、脳機能の回復が必要不可欠であり、併せて身体機能の回復を行うことが重要とされています。
「神経はダメージを負うと変性を起こし回復をしない」と言われているとおり、実際にダメージを受けた脳の神経組織そのものは回復しません。しかし、患者さんが回復していく様子を傍から見ると、正に脳の神経が回復していくかのようにみえます。これは、他の脳領域が代償的に失われた機能を獲得(再学習)するため、機能が回復していく「神経可塑性(しんけいかそせい)」という現象です。
この回復過程において、脳は生存のために新たに多くのことを学習していきます。ただし、我々の脳は時に冷徹に状況判断を行うため、我々(自我)に対して不利益な結果を生じさせることがあります。その代表は、「学習性不使用(Learned nonuse)」というものです。例えば、麻痺肢を優先的に使用しない期間が長く続くと、この「使用しないでいる状態」を学んでしまい、機能が制限されてしまいます。
なぜなら、脳は、「非麻痺側(障害されていないほう)」の使用比率が高くなると、「よく使う方の機能を使いやすいようにしよう」であったり、「使っていない方の機能は生存に不都合だからむしろ使わないようにしていこう」といった判断を下します。すると、麻痺側と関係のある脳領域は徐々に狭まっていき、日常的に使用する脳領域が全体の支配を強めていきます。いわゆる陣取りゲームのような状態です。
そのため、麻痺肢が使いづらい場合も使用を継続することが必要不可欠であり、早期から不必要に非麻痺側の使用に切り替えることは、「回復するはずの機能が回復しない」という事態を招く原因となります。現在では、非麻痺側を装具などで一時的に拘束し、麻痺肢を積極的に使用することで回復を促す「CI療法(Constraint-Induced Movement Therapy)」が提唱されており、学習性不使用が機能回復を妨げる原因となる可能性が高いことがわかってきています。
しかし、単に麻痺肢を誰かに動かしてもらう「他動運動(たどううんどう)」だけでは機能回復自体は難しいとされています。理由は、関節運動に加えて、患者さん本人が「動かそう、正しく動かそう」とイメージしながら「実際の動作とイメージを関連付け(リンクさせる)する」ことで、はじめて脳は運動を再学習していきます。積極的に使用することは、動かしてもらうわけではなく、自分で動かすこと(動かない場合には動かそうとすること)が重要な要素というわけです。これは、よく誤解されやすいため注意が必要です。
また、関節運動が成立するためには、いくつかの条件が同時に満たされている必要があります。まず、脳がその運動の仕方を学習していることが前提となります。そのうえで、脳から発せられた運動指令が適切に筋肉へと伝達されていることが必要です。さらに、関節運動を実際に遂行するだけの十分な筋量が保たれていること、そして神経の運動単位(motor unit)が適切に、かつ十分に動員されることが求められます。
これらの要素(学習、伝達、筋出力、神経の運動単位)のうち、どれか一つでも欠けてしまうと、十分な関節運動は成立しません。車で例えるなら、制御装置からの指示がエンジンを動かし、エンジンからの出力が正しくタイヤに伝わることで、はじめて車が動く過程に似ています。
急性期から回復期にかけては、とくに脳内での運動学習や神経指令の伝達といった要素が大きな意味を持ちますが、後遺症期(維持期)に入ると、長期の不使用による筋萎縮などの影響も加わり、筋量や運動単位の動員といった身体側の問題も無視できなくなってきます。そのため、発症早期から脳と身体の双方に対して十分なケアとリハビリを行うことが極めて重要となります。
鍼治療は、基本的な機能回復を促す作用があるとされていますが、運動を新たに学習したり、筋肉量を増やすような効果はありません。そのため、リハビリを実施しない場合、運動機能の回復は限定されることが予想されます。仮に、鍼治療によって基本的な機能回復が得られたとしても、脳からの運動指令が十分に働かなければ、手足を思い通りに動かすことは困難です。さらに、動かない時間が長くなるほど筋肉は廃用し、結果として回復がより難しくなることは容易に想像できます。
そのため、鍼治療と併せてリハビリを実施することをおすすめしています。予後を考慮すると、とくに学習性不使用を念頭においたリハビリが必要不可欠です。