コラム記事
最終更新日:2026年2月7日
顔面神経麻痺における予後を見据えた二軸の治療戦略
末梢性顔面神経麻痺は、ベル麻痺が多く、次いでラムゼイ・ハント症候群が多いと言われています。まれにギランバレー症候群による顔面神経麻痺もありますが、全体の割合は多くありません。顔面神経麻痺は、表情筋の弛緩性麻痺(いわゆる動かない状態)に関心が寄せられがちですが、実際は弛緩性麻痺だけではなく、病的共同運動(口を動かすと目が閉じる等の神経の混線)や表情筋の拘縮・痙縮(ひきつり、つっぱり)、偏位(顔のゆがみ)といった後遺症を含めた二軸での治療戦略が重要となります。
一般的に、ENoG検査(誘発筋電図検査)の数値が40%を下回る場合(中等度)は後遺症のリスクがあり、10%以下(重度)ではほぼ必発と言われています。となると、後遺症に備えた対策が必要不可欠となります。もちろん、どの程度後遺症が出現するかは、個人差(年齢、基礎疾患の有無、ケアの程度等)もあるため正確にはわかりません。これは、未来のことは誰にもわからないからです。ただし、「発症後10~14日に計測したENoG検査の予後判定は、比較的信頼性が高い」と言われているため、予想通りの経過をたどる可能性が高いと考えます。
後遺症の発現は、弛緩性麻痺の回復段階に生じてきます。表情筋が動き出した後、もしくは少し経ってから軽微な下瞼の痙攣(スパズム)といった兆候から始まります。一般的に、患者さんがご自身で発見することは難しく、場合によっては、回復の兆しと捉える方も多い印象です。とくに、表情筋の痙攣が強くあると、麻痺で弛緩していた表情筋は引き締まり、鏡でみると左右対称性が整ったように感じ始めます。表情筋の痙攣が強まると、顔面部の違和感とともに、今度は弛緩していた頬が盛り上がり、ほうれい線は濃くなっていき、見た目では「健康側に表情筋の弛緩性麻痺があるかのような顔(発症初期とは真逆のような状態)」が完成します。
学会の講習会等では、①顔面神経麻痺の発症直後の写真、②表情筋の拘縮・痙縮が生じた状態の写真を瞬間的連続で提示し、「直感的に左右どちらに発症しているか?」を問うことがあります。医療関係者でもパッとみただけでは誤認しやすく、回答が大きく分かれます。このように、「後遺症が出た段階で、麻痺が回復したかのように感じること」は当然に起こりうる現象です。また、バイアス(偏見・おもいこみ)がある場合は、より強く回復したと感じるはずです。このように、患者さん自身が後遺症を的確に評価することは難しく、「気付いた時には、病的共同運動が高度に進行していること」が指摘されています。
最新の知見では、神経の混線によって生じた病的共同運動は、「表情筋トレーニング(ミラーバイオフィードバック法、MBF法)」を正しく実施することで、脳が顔の動かし方を再学習するため、ある程度改善が期待出来るとされています。メカニズムとしては、脳の口と瞼を動かす支配領域が、脳皮質で徐々に分離し、末梢方向(顔)へ同時に信号を送らないようになるからです。ただし、MBF法を適切に運用するためには高度なテクニックが必要であり、見よう見まねで行うと悪化することがあるため注意が必要です。
また、病的共同運動や拘縮・痙縮が高度な場合は、表情筋を個別に動かすこと自体がそもそも困難となるため、MBF法が実施出来なくなります。こういった場合は、形成外科的介入やボツリヌス注射等を併用することとなるため、後遺症を念頭においた早期からの予防・軽減が必要不可欠となるわけです。このように、ENoG検査結果に基づき、弛緩性麻痺と後遺症に対する二軸での治療戦略が絶対に必要です。顔面神経麻痺という病気は、単に顔が動かないだけはありません。
肌感覚として、「医療機関では、初期対応のみで経過観察」ということが非常に多いです。推奨される表情筋トレーニングもほとんど指導をされず、数枚プリントを渡されただけで「自宅でのケアのみ」に留まります。当院では、こういった空白を埋めるように、鍼治療とあわせて表情筋トレーニングを段階立てて一緒にやっています。鍼刺激は、局所循環改善による①浮腫軽減作用、②神経・表情筋の栄養作用、③痙攣鎮静作用、④硬結(コリ)の物理的な解消作用など多くのメリットが存在します。神経系の疾患は、「あとからどうにかすればよい。」という考えは現実的ではありません。どちらかと言えば、「質・量ともに十分なケアを、出来るだけ早期から継続すること」が大切です。治るか治らないといった二元論ではなく、「備える」という考えをおすすめしています。