広瀬台はり院|コラム|なぜ治ると言わないのか

広瀬台はり院

コラム記事

最終更新日:2026年2月13日

なぜ治ると言わないのか

まず、一定の医学教育を受けた医療従事者は、「必ず治る。」とは断定しません。

たびたび、「鍼をすれば、治りますか?」、「私の病気(症状)はどの程度治りますか?」と言った質問をされて困ることがあります。なぜ困るかと言うと、この質問に対する断定的な回答は出来ないからです。理由は、質問の意図が「治るかどうか」と言った未来に対する保証だからです。当然ながら、未来のことは誰にも予測できません。そして、もう一点重要なことは、鍼治療だけが未来を決める要因ではないからです。未来を決める要因は多岐にわたり、①疾患の性質、②重症度、③年齢、④基礎疾患の有無など環境的な問題も多く含みます。そのため、「安心してください。治ります。」とは答えることが出来ません。仮に、自信満々に「鍼で治りますよ。」であったり、「○○%治ります。」と言ってしまったら、患者さんに過度な期待を持たせることとなり、医療倫理に反してしまう可能性が高まります。

上記のように、医療倫理に即した対応をした場合、断定的なことが言えないため、「はっきりと治ると答えないのは、治療に対して自信がないからだ。」という誤解も受けやすいのは事実です。実際は、自信がないわけではなく、「慎重かつ誠意をもった対応しか出来ない」というだけです。逆に言うと、はっきりと「治りますよ。」と断定されてしまうシーンに遭遇した場合は、真に受けずに疑う必要があります。

また、「お金を払ったのだから、必ず治るはずだ。」、「治すべきだ。」と感じてしまう方もいるかもしれません。しかし、「医療は結果を保証する契約」ではありません。そのため、治療費や施術料は、「適切な治療や施術を提供したことに対する対価」となります。

次に、「論文などのエビデンスから治療効果が期待できること」と「あなたに対して同様の治療効果が生じること」は同じではありません。矛盾するように聞こえるかもしれませんが、性質が全く異なります。一般的に、「臨床試験(臨床研究)」というのは、「ある集団に対して、ある治療法を試したグループA(標準治療群)と何も治療していないグループB(プラセボ群)を比べたところ、どうやら結果が違うようだ。」と言ったものが多いです。その結果を医療従事者が総合的に勘案して、あなたに対して適用しているだけに過ぎません。そのため、あなたがどうなるかの結果は、「まだ誰も知り得ない領域」なのです。

ここまでは、なぜ断定できないのかを述べてきました。ここで重要となるのが、「標準治療」や「ガイドライン」の存在です。いわゆる、「どのように治療すればよいかの指標」です。これに準じた治療をしていくことが、最も重要な治療戦略となります。もちろん、予後に関しても、比較的信頼性の高い指標を用いて予測することが大切です。「治るかどうか」と言った存在しない答えを探すよりも、「地道に継続加療するほうが期待される結果に近づく可能性が高い」と考えられています。

一般的なガイドラインには、現代医療の治療方法が多く、鍼治療を含めた「相補代替医療(現代医療以外)」は多くありません。実際は、「鍼治療を加えた方が予後が良かった。」といった症例や臨床研究も報告されており、ガイドラインに載っていないからといって、治療効果が否定されるわけではありません。もちろん、こういった鍼治療の適否などは、鍼灸師の目線から総合的に勘案することが重要です。鍼治療は、医療の中でも比較的専門性の高い分野であり、患者さんご自身が専門家と同等の判断を行うことは、現実的には難しいと考えています。とくに鍼治療に関しては、研究報告の多くが中国語や英語で発表されており、日本語で参照できる高品質な研究報告は限られているという現状もあります。

鍼治療は東洋医学にカテゴライズされるため、「鍼治療に関する研究はほぼない。」、「東洋医学はインチキだ。」と声高らかに言う方もいますが、それは大きな勘違いです。鍼治療に関する知見は多く集まってきており、Oztekin(2024)によると、1980年から2023年までで9340件の査読付論文が報告されているとのことです。現在も、増加傾向を示しています。また、ドイツの大型臨床研究である「ドイツ大規模鍼治療試験(German Acupuncture Trials、GERAC) 」において、「慢性腰痛に対する鍼治療が、従来治療よりも良好な選択肢となり得る可能性が示唆された」と報告されています。GERACの研究期間は8年間、のべ1162人を対象にしたもので、規模の大きさがわかると思います。

さいごに、治療を任せる際の指標として、「何をしてくれるか」だけでなく、「どのような説明をするか」であったり「医療の限界や不確実性をどう扱っているか」も、一つの判断材料になるはずです。また、「今、何ができるのか」「どの選択肢が合理的か」を考えていくことが、結果として最も現実的な治療戦略になります。何となく聞こえが良い方を選択することよりも、「あなたにとって何が最善かを考えること」が大切です。

参考:
[1]Oztekin C, Oztekin A. Global trends in acupuncture research: A scientometric analysis from 1980 to 2023. Medicine (Baltimore). 2024;103(35):e39549. doi:10.1097/MD.0000000000039549.

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