コラム記事
最終更新日:2026年4月3日
顔面神経麻痺における陰陽の視点
顔面神経麻痺の発症後、麻痺側は動きにくくなり、その一方で非麻痺側が代償的に働くようになります。すると、顔全体があたかも非麻痺側に引っ張られるように見え、左右差が目立ってくることがあります。
この歪みは、単に「麻痺側が弱い」というだけでなく、「互いに制約し合って保っていた左右のバランスが崩れている状態」ともいえます。非麻痺側は不足を補おうとして過剰に働くため、筋疲労や筋緊張が生じやすくなります。つまり、問題は麻痺側だけにあるのではなく、非麻痺側にも及んでくるのです。
そのため、麻痺側だけでなく、非麻痺側に対しても必要に応じてアプローチを行います。非麻痺側の筋疲労を和らげ、緊張を整えることで、過剰に引っ張る力を抑え、麻痺側が動きやすい状況をつくっていくためです。
患者さんの中には、「動いている側にも鍼をするのですか」と不思議に感じる方もいらっしゃいます。しかし、顔は左右が別々に存在しているのではなく、互いに影響し合いながら一つの表情を形づくっています。したがって、片側だけを見るのではなく、左右全体のバランスとして捉えることが大切です。
この考え方は、東洋医学でいう「陰陽」にも通じます。左右は切り離されたものではなく、互いを前提として成り立ち、相互に影響し合っています。こうした関係を、陰陽論では「互根(ごこん)」、一方が行き過ぎないように抑え合うことを「制約(せいやく)」、増減しながら変化することを「消長(しょうちょう)」と表現します。顔面神経麻痺では、この制約のバランスが崩れることで、一方への偏りが目立ちやすくなると考えることができます。
さらに、状態が長く続くと、もともと健康であった非麻痺側にも疲労が蓄積し、機能的な不調が現れてくることがあります。反対に、麻痺側も、当初は力が入らない状態であったはずが、「病的共同運動(神経接続の異常によって、口を動かすと目が閉じたりする)」や「痙攣」、「拘縮」などによって、つっぱりや引きつりが目立つようになることがあります。こうした、ある性質が極まることで反対の性質へ移っていく変化は、陰陽論でいう「転化」と考えることもできます。
また、顔面神経麻痺のリハビリでも、この左右のバランスを意識することは非常に重要です。たとえば、鏡を見ながら表情筋を動かす「ミラーバイオフィードバック法(MBF法)」では、単に「たくさん動かす」ことが目的ではありません。非麻痺側ばかりを過剰に使ってしまうと、かえって麻痺側の参加が妨げられ、左右差が固定されやすくなることがあります。そのため、左右を同程度に動かすことを意識したり、必要に応じて非麻痺側の動きを抑えながら行う「CI療法」の考え方を取り入れたりします。これもまた、偏りをそのまま強めるのではなく、崩れた制約関係を整え直し、左右の均衡を回復させようとする試みといえます。
このように顔面神経麻痺のケアでは、麻痺側だけをみればよいわけではありません。問題は麻痺そのものだけでなく、左右が互いに制約し合っていた関係が崩れることにもあります。その偏りを整えていくことが、より自然な表情や動きにつながっていきます。
つまり、顔面神経麻痺のケアとは、左右の制約が崩れたことで生じた偏りを整え、顔全体のバランスを回復させていくことでもあります。左右は別々ではなく、互いに影響し合う不可分な存在なのです。だからこそ、片側だけではなく、もう一方にも目を向けることが大切なのです。
西洋医学と東洋医学は、常に同じ言葉で語られるわけではありません。しかし、一見別の話をしているようでいて、実際には同じ現象をそれぞれ異なる言葉で捉えていることもあるわけです。経絡や神経走行の話もそういった側面もあるわけですが、それはまた次の機会で。